東京地方裁判所 昭和47年(ワ)486号 判決
原告
大成火災海上保険株式会社
被告
大陽精密工業株式会社
第二 主文
一 被告は原告に対し金二十二万二四〇八円およびこれにつき昭和四七年一月一六日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
第三 事実
一 請求の趣旨
被告は原告に対し金九八万九七二〇円およびこれにつき昭和四七年一月一六日以降支払済みに至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行の宣言を求める。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
三 請求の原因
(一) (事故の発生)
訴外小笠原正敏は、次の交通事故に遭難した。
1 発生時 昭和四五年一月二一日午前七時頃
2 発生地 東京都武蔵野市吉祥寺東町三丁目一五番二三号先路上
3 谷崎車 軽貨物自動車(ダイハツ・ハイゼツト。六練馬せ六四八二号)
運転者 訴外谷崎博基(被告方従業員)
4 小笠原車 普通貨物自動車(いすゞエルフ。2t車多摩四や九九八九号)
運転者 訴外小笠原正敏(訴外玉手方従業員)
5 態様 右折中の谷崎車とその後続直進中の小笠原車とが衝突。そのはずみで小笠原車が訴外安藤秀夫宅と西山富喜二宅に飛込み損壊し、小笠原車も破損した。
(二) (保険契約の締結と支払)
(1) 原告は損害保険業を営む者であるところ、昭和四四年一〇月一六日、保険契約者「新城北いすゞモーター株式会社」との間に自動車保険普通保険約款に準拠して次の如き自動車保険契約(証券番号第二三〇一〇九)を締結した。
1 被保険者 新城北いすゞモーター株式会社
2 保険の目的 前記の「小笠原車」(右被保険者が所有し、訴外玉手正人が使用していた車)
3 保険期間 自昭和四四年一〇月一六日
至昭和四五年一〇月一六日
4 保険金額 対物賠償金一〇〇万円
車両担保金 八〇万円
(2) ところが本件事故により次のとおりの損害が発生したため、原告は右契約に基づき、右被保険者側に次のとおり支払つた。
イ 小笠原車の修理代分 金三五万三〇〇〇円
ロ 西山富喜二宅の修理代分 金一九万五七二〇円
ハ 安藤秀夫宅の修理代分 金四四万一〇〇〇円
合計金九八万九七二〇円
(三) (責任原因)
被告は訴外谷崎を使用し、同人が被告の業務を執行中次のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから、民法七一五条一項により、本件事故から生じた前記の損害を賠償する責任がある。
即ち訴外小笠原(訴外玉手正人の被用者)は新宿方面から立川方面に小笠原車を運転走行中、小笠原車の左側を同方面に走行していた訴外谷崎(被告の被用者)運転の谷崎車が右折するにあたり、小笠原車の動静に十分注意し、かつ約四五度の鋭角の交差点であるから交差点の中心の直近の内側を徐行すべきにもかかわらず、これを怠り、その手前から約二〇粁の時速で突然右折を開始した過失により、訴外小笠原としては既に追越態勢に入つていたため谷崎車との衝突を回避するため徐々に右へハンドルを切らざるを得なかつた結果本件事故が発生したものである。
ところで原告は前記のとおり保険金九八万九七二〇円を被保険者側に支払つているので、昭和四五年三月四日、商法六六二条(即ち保険代金)により、被保険者から支払保険金相当額につき被告に対する損害賠償請求権および求償権を取得した。
(四) (結論)
よつて原告は代位取得した金九八万九七二〇円およびこれにつき本件支払命令(豊島簡易裁判所昭和四六年(ロ)第一八五六号)が被告に送達された翌日たる昭和四七年一月一六日以降右支払済みに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 請求原因に対する被告の答弁
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)のうち、原告が損害保険業を営む者であることは認めるが、その余の事実は知らない。
(三) 同(三)のうち、訴外谷崎が被告の被用者であることおよび本件事故が新宿方面から立川方面に直進走行中の訴外小笠原運転の小笠原車と同方向に走行していた訴外谷崎運転の谷崎車が右折した際発生したものであることは認めるが、その余の事実は否認する。
本件事故は訴外小笠原の一方的過失によつて発生したものである。即ち、訴外谷崎においては、小笠原車が谷崎車の後方約一三〇米の地点にあるとき右折のウインカーを出し、さらに同車の後方六・七〇米の地点を走行中の小笠原車を確認した後、完全に右折しうるものと確信して、右折の態勢に入り、道路センターラインを越え、完全に右折を完了したが、その直後、谷崎車を追越そうとして制限速度時速四〇粁のところ同六〇粁を越す高速度で道路センターラインの右側を大きく越えて出てきた小笠原車が、谷崎車の右前部に激突し、本件事故が発生したものであり、本件事故は訴外小笠原の右速度制限違反、前方注視義務違反(右折ウインカー見落し)、追越禁止違反の一方的過失が原因となつて発生したものである。他方訴外谷崎としてはあえて右小笠原のように交通法規に違反して、時速六〇粁を越す高速度で道路センターラインの右側を大きく越してまで、右折中の谷崎車を追越そうとする車両のあることまで予想して、後方に対する安全をさらに確認して事故発生を防止すべき義務はない(最判昭和四二年一〇月一三日刑集二一巻八号一〇九九頁)。
端的に、本件事故は小笠原車が谷崎車に追突したものであるから、信頼の原則からしても訴外谷崎には民法上の過失責任はない(東京地判昭和三九年四月一六日判例時報三七〇号三六頁。大阪高判昭和四三年一月三一日高民集二〇巻一号二八頁参照)
仮に訴外谷崎側に、何らかの過失が認められるとしても訴外小笠原側の無暴運転に起因し、小笠原車の暴走侵入によつてのみ訴外安藤・西山宅を損壊せしめたものであるから、右両宅の損害は、訴外谷崎側の過失と因果関係にたつものではない。従つて訴外谷崎、ひいては雇主たる被告には、右両宅に対する損害賠償責任はない。
(四) 同(四)は争う。
五 被告の抗弁
(一) 過失相殺
仮に訴外谷崎に過失が認められ、ひいては被告に賠償責任が認められるとしても、前記のとおり訴外小笠原の重大な過失によつて惹起された本件事故であるから、損害額の算定にあたり右小笠原の過失を斟酌すべきである。
(二) 相殺
(1) 被告は本件事故により次の損害を蒙つた。
(イ) 谷崎車の修理費 金一〇万六四四〇円
(ロ) 訴外谷崎の治療費 金一万三二八〇円
(ハ) 同慰藉料 金五〇〇〇円
合計 金一二万四七二〇円
(2) 被告は、昭和四七年一一月一三日の本件口頭弁論期日において、右債権をもつて、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
六 抗弁に対する原告の認否
(一) 抗弁(一)の事実は否認する。
(二) 抗弁(二)の事実のうち(1)は知らない。
しかし、本訴請求権は、保険代位によつて取得した権利であるから、たとえ同一事故によつて生じた被告の損害賠償債権であつたとしても、当事者を異にしている原告に対して、相殺は許されない。
第四 理由
一 (事故の発生)
請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。
二 (保険契約の締結と支払)
(一) 原告が損害保険業を営む者であることは当事者間に争いがない。
(二) 〔証拠略〕によれば昭和四四年一〇月一六日、原告が訴外新城北いすゞモーター株式会社との間に請求原因(二)の(1)記載の自動車保険契約を締結した事実が認められる。
(三) 〔証拠略〕によれば、請求原因(二)の(2)の事実が認められる。
三 (責任原因)
(一) 訴外谷崎が被告の被用者であることおよび本件事故が新宿方面から立川方面に走行中の訴外小笠原運転の小笠原車と同方向に走行していた訴外谷崎運転の谷崎車が右折の際発生したものであることについては当事者間に争いがない。
(二) 〔証拠略〕によれば、本件事故は訴外谷崎が被告所有の谷崎車を運転して自宅から勤務先へ向かう通勤途上の出来事であつたことおよび右谷崎は右事故当時毎日谷崎車に乗つて通勤していたことの事実が認められる。右認定事実によれば、本件事故は訴外谷崎が被告の業務を執行中に発生したものと解するのが相当である。
(三) 〔証拠略〕を総合すると次の事実を認めることができる。
訴外谷崎は谷崎車を運転し、本件事故発生地からみて約五〇米新宿寄りで通称五日市街道(以下「本件道路」という。)と丁字型に交差する道路から出て、左折しようとして一時停止をしたが、その時本件道路を新宿方面から立川方面に時速約六〇粁で直進走行して来る小笠原車を約一五〇米新宿寄りの地点に認めた。そこで谷崎は前記丁字型交差点から左折して本件道路に出て約五〇米離れたところにある国鉄中央線ガードをくぐつてこのガードに沿つて本件道路と変形に三差する道路に右折する予定であつたので、谷崎車を時速約二〇粁で進行し間もなく右折のウインカーを出すとともにバツクミラーで後方から走行して来ている小笠原車を確認したけれども、本件道路が当時閑散であつたところから、小笠原車が谷崎車の右折の合図を認めて当然停車等の措置を講ずるものと信じて、右折可能と速断し、本件事故発生地たる前記変則三差路を時速五粁位で右折の態勢に入つた。
他方、訴外小笠原は谷崎車の右折ウインカーに気づかず、同車を追い越すつもりで前記速度のままセンターラインを越えて小笠原車を走行せしめたため、小笠原車が谷崎車の右前部に衝突した。その結果、谷崎車は飛ばされて破損し、更に小笠原車は本件道路の立川方面に向かつて右側の訴外安藤および訴外西山の両宅に飛び込み、両宅とも各一部を損壊させ、本件事故となつた。この骨子は別紙見取図のとおりである。
(四) 以上の認定事実によれば、訴外谷崎には、前記右折に際し、後方小笠原車の動静を十分注視して自車の運行をすべき義務があつたのにもかかわらず、これを怠りバツクミラーで小笠原車を確認したのみで、その後は小笠原車が谷崎車の右折に気づいて停車等の措置を講じてくれるものと軽信し、漫然本件道路を右折の態勢に入つた過失があつたというべきである。
しかし他方訴外小笠原にも速度制限違反、右折ウインカー見落し、既に右折の態勢に入つた谷崎車を無理に追越しを継続した過失があつたことが認められるので、損害賠償額算定上斟酌すべきこの両者の過失相殺割合をもつて示すと、谷崎車(即ち被告)側が三割、小笠原車(即ち原告)側が七割と認めるのを相当とする。
(五) 従つて、本件事故により発生した前認定の損害合計金九八万九七二〇円(即ち小笠原車の修理代金三五万三〇〇〇円、西山宅の修理代金一九万五七二〇円、安藤宅の修理代金四四万一〇〇〇円)を保険金として原告は昭和四五年三月四日被保険者側に各弁済し、保険代位により、被保険者側が被告(即ち訴外谷崎運転手の雇主)に対してもつていた損害賠償債権および求償権を取得したので、右過失相殺割合に従い、原告は被告に対し右損害額の三割に相当する金二九万六九一六円の債権を有するものというべきである。
四 (相殺の抗弁)
(一) 被告は本件事故によつて被告所有にかかる谷崎車を損壊され、これの修理費として金一〇万六四四〇円の支出を余儀なくされた。
この事実は〔証拠略〕によつて認めることができる。しかし訴外谷崎の治療費と慰藉料とについては、これを認めるに足りる証拠はない。
(二) そして、前説示の過失相殺割合に従い、被告は小笠原車側に対し谷崎車の修理代の七割に相当する金七万四五〇八円の損害賠償債権を有するものというべきである。
(三) 次に被告は「本訴請求は、保険代位により取得した権利の行使であるから、既に当事者を異にしているので、原告に対しては、たとえ同一事故によつて発生したとしても、被告主張の谷崎車の修理相当の損害金をもつて相殺は許されない。」旨主張する。
しかし、共同不法行為による同一の交通事故で当事者双方に損害賠償債権(即ち当事者間の物損のみならず、第三者に加えた物損を弁済した求償権も含む)が生じたときは、民法五〇九条の適用なく(その根拠は、新たな不法行為の誘発を考慮する必要もなく、互に加害者であると同時に被害者でもあり、一方にのみ現実弁済を要請することは不均衡になり、むしろ迅速簡単に紛争を一挙に清算解決するために)、相互に相殺が許されるべきであり、このことは、保険代位により損害賠償債権(求償権を含む)が保険会社に移転した場合にも同様であり、相殺の抗弁付きの権利として移転するものと解するのを相当とするから、被告主張の自動債権をもつてなす相殺は許されるものというべきである。
(四) 前説示のとおり、本件事故は、小笠原車(ひいては原告)側七割、谷崎車(その雇主たる被告)側三割の双方の過失の競合によつて発生し、過失相殺の結果、小笠原車側が金二九万六九一六円(第三者たる訴外西山・安藤両宅の修理費分は求償権、小笠原車の修理代は損害賠償債権)、谷崎車側が金七万四五〇八円(損害賠償債権)を各有することとなる。
ところで小笠原車側が原告の任意保険(対物・車両)に加入していたため、原告が保険金を支払い、保険代位により本件事故によつて生じた小笠原車側の債権を取得し、この権利行使が本訴であり、従つて谷崎車(被告)側から本件事故によつて生じた損害賠償債権を自動債権とする相殺の抗弁を出されたときは、これを受けざるを得ない負担付きのものであつたというべきであるから、相殺を認めることとする。
(五) 被告が昭和四七年十一月十三日の本件口頭弁論期日において前記自動債権をもつて本訴請求債権と対等額において相殺する旨の意思表示をしたことは、当裁判所に顕著である。
(六) 従つて前記認容されるべき原告の金二九万六九一六円は被告の金七万四五〇八円と対等額において相殺されて本件事故当初に遡のぼり消滅し、残金二十二万二四〇八円となる。
五 原告は遅延損害金の割合につき商事法定利率年六分を請求するが、保険代位によつて取得した本件債権は不法行為によつて生じた債権であるので、商法五一四条の規定の適用はなく、民法所定の年五分を認めるのを相当とする。
六 (結論)
よつて原告の本訴請求は、金二十二万二四〇八円および本件につき発せられた支払命令(豊島簡易裁判所昭和四六年(ロ)第一八五六号)が被告に送達された翌日である昭和四七年一月一六日(この点は当裁判所に顕著である。)以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の附加支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 龍前三郎)
見取図
<省略>